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リニューアルオープンした岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に行ってきました。

研修期間中ではありますが、社会人として迎えた初めての週末は同期とかかみがはら航空宇宙博物館に行ってきました。

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行ったのは日曜日。春休み最後の週末ということもあってかたくさんの家族連れが見えました。とはいえ、かなり大きな駐車場があるので特別な行事があるときなどでなければ問題なく車を停めることができると思います。

駐車場を抜けて博物館へ向かうとまずはヘリコプターやYS-11がお出迎え。非常に近いところに展示してあるので一緒に撮影したりと自由に楽しむことができます。

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入場料の800円(中学生以下無料)を払って中に入ります。かかみがはら航空宇宙博物館は飛行機と宇宙開発の歴史について説明する展示型の博物館です。
写真は世界で初めて空を飛んだライト兄弟のライトフライヤー号。滞空時間は本当にわずかで、飛んだ距離も本当にわずかではありましたが、人間が空を飛ぶという夢を叶えた瞬間でもありました。そこから航空機の開発は急速に進んでいきます。

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比較的近代化の波に乗り遅れた日本も例外ではなく、欧米に追い付け・追い越せと技術開発を進め1917年には岐阜県の各務原に日本で2番目の飛行場と製造所を作り上げます。ちなみに日本最古の飛行場は埼玉の所沢飛行場ですが、そちらは現存しないのでこの各務原飛行場が現存する日本最古の飛行場となっています。

写真のは各務原基地で作った飛行機のエンジン(の模型)だったと思います(なんてアバウトな記憶なんだ…手前にちらっと写ってるのはその国産飛行機1号(だったはず)。全体の写真はめんどくさくて現像してないです。

こんな帆布張りの飛行機を作っていた日本、いや世界ですが、ドイツが全金属性の航空機を開発してからはさらに開発が激化します。戦争の戦禍の中、日本は様々な名機を生み出していきます。

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キ61II改(三式戦闘機「飛燕」)6117号機
日本の生み出した名機といえばゼロ戦が有名ですが、日本の戦闘機はゼロ戦だけではありません。この細長いノーズを持つ美しい戦闘機。これが各務原生まれの名機。三式戦闘機「飛燕」です。

これこそが今回の博物館で一番見たかった展示です。生産台数が少ないことや戦後破壊されてしまった関係もあって国内に現存している復元状態の飛燕はこれしかないそうです。(米国には修復中の機体があるとかないとか)
6117号機の意味はキ61の17番目の機体ということ。

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この時代の国産航空機の特徴はこの沈頭鋲。徹底的に空気抵抗を減らしてやろうという技術者の執念を感じます。

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天井には試製一二型艦上戦闘機(零戦のプロトタイプみたいなもん)の模型も展示してありました。こちらのように丸いノーズを持つ機体が馴染み深いですが、なぜ飛燕は細長いノーズを持っているのでしょうか。実はエンジンが違います。

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当時の航空機は空冷式(=風でエンジンを直接冷やす方式)を採用している飛行機が多かったのですが、この飛燕は水冷(=冷却水を循環させ、ラジエータを使って熱交換を行う方式)を採用しています。星型レイアウトにしないといけない空冷式エンジンとは異なり、全面投影面積が小さいので単純に風の抵抗が少なく、最高速度等をあげることができます。

ちなみに、ドイツのダイムラーベンツ社のライセンス生産でこのエンジンを作っていました。これもこの飛燕に搭載されていたエンジンです。

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バックショット。引きがとれず主翼が切れてしまったのが惜しいです。

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展示室の中に2階から。プロジェクションマッピングを活用して日の丸を主翼に映し出していることがわかります。


この飛燕。アルミ合金がむき出しです。世界中で展示されている多くの復元機は当時の塗装を模したものが多い中、少し珍しいですね。これはできる限りコンディションが良い状態で、限りなくオリジナル状態の飛燕を保存したいという博物館の意向なんです。

生まれ~知覧までの詳しい来歴は川崎キ61三式戦Ⅱ型改飛燕(6117)の戦後史を見ていただくとして…奇跡的に処分を免れた飛燕であっても、その貴重性は当時はあまり理解されていなかったようで、いろんなところを客寄せパンダとしてたらいまわしされ、好きなように、適当な塗料で塗られ、時にはへこみ、時には部品が壊れ。それはもう壮絶な半生だったと思います。とにかく、恐ろしいほど数奇な運命をたどった飛燕ということを博物館の副館長の解説から知りました。副館長の声のトーンや身振りからもこの飛燕をもっと早くに救いたかったという感じの無念さが伝わってきました。

かかみがはら航空宇宙博物館の改装や飛燕の生みの親である川崎重工の120周年記念事業が重なったこともあって、ついに飛燕が各務原に帰ってきました。川崎重工からは技術者が30名ほど派遣され、本来とは異なる姿になってしまった飛燕の塗装をはがし、現存するすべてのオリジナルパーツを使い、なくなってしまった部品はオリジナルと同じ素材で修復し。
この日は修復にあたった技術者の方が見えており、どのような作業を行ったかなどを聞くことができました。なかにはペンキで塗られた部品もあり、本当に無念で、大変だったとおっしゃっていました。

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6117号機、かなり数奇な運命をたどりましたが、それでも多くのオリジナル部品が残っていたのは不幸中の幸いともいえるでしょう。
これは副館長の説明のときの写真。主翼の裏側にうっすらと丸いあとがあるのがわかるでしょうか。これは”当時の”日の丸が描かれていたあとなんだそうです。塗装をはがしたあとに初めて分かったことなんだとか。オリジナルの部品であることの証明ともいえますね。(ちなみに当時の国産飛行機の多くは現物合わせで部品を使っていたので、軸受け等の細かい部品でさえ6117の数字が刻まれていたそうです。)

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主翼の裏の特徴といえばもう一つ。主翼とラダーの間に茶色い部材が見えますね。これは隙間の調整のためにはめられた角材です。日本の板金技術はすばらしいものでしたが、それでも隙間の調整は難しく、このような工程を踏む機体というのは多かったようです。こういうのを見れるのもまた無塗装ならではといえますね。

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飛燕エリアだけでかなり楽しめますが、まだまだ展示は続きます。こんな感じでいっぱいならんでます(おおざっぱ

垂直尾翼のマークを見るとわかりますが、元各務原所属の機体たちです。

このあとはシアターで20分くらいの映像みたり。飛燕のお話で割とおなかいっぱいで後半は飛ばし気味です苦笑

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宇宙コーナーはあんまり写真を撮っていませんが(時間もなかったし)民生の小型人工衛星に面白いものがあったので撮りました。

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記録用のレンズかと思いますが、搭載されているのが旭ペンタックスのタクマー55mmF1.8.なぜだw

NASAからはNikonが、JAXAからはSONYが宇宙に行っていることで有名ですが、いつの間にか旭光学も宇宙入りしていたようですね。

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ISSの日本棟のきぼうのレプリカ。気分だけは乗組員です(笑)

きぼうのレプリカの中は結構非日常感が強いので、入ると結構楽しいです。

まぁ、そんな感じで約4時間くらい楽しみましたが、解説などがよく行われているので4時間ではちょっと足りないかも?というのは正直な感想ですかね。また企画展示とかあったら行きたいなぁ。

では。


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